タロットの効果的な学習法

■タロットの存在価値とは■

人間は生まれながらにして、人生における「役割」が存在します。
その役割に気がつかない人が全体の90%以上いるのが現状です。
また気が付いて居ても実行しない人は、10%中の30%の人達ですね。
なぜ「自分の人生の役割に気がつかないのか?」
それは人間が社会的な動物だからです。
謝意構造は表層的で、個人の特質を嫌う傾向があります。
出る杭は打たれる、わけです。

小学校低学年の時代は皆さん、自分に素直でした。
やりたいこと・成りたい人間像を頭に描いていたはずです。
しかし中学・高校・大学・一般企業と社会的な組織に浸かれば浸かるほど、「個」を忘れてしまいます。
朝起きて、会社に行って、休日はごろ寝。こんな生活が続くと、本来の役割など吹っ飛んでしまいます。
こんな訳で、自分の人生の重要な役割を大抵の人が忘れてしまうのです。

本題ですね。
タロットの存在価値。
それは、自分及び他人の人生を幸せに導くことに他なりません。
もちろん、タロッティストは他人の人生を歩んでいるわけでは無いので、扉の前まで案内するのが役目となります。

工場のライン私が今まで何度も繰り返し語ってきた「意味を覚えてはいけない」という真意はそこにあるのです。
「意味を覚える」タロット占い師は、ドローカードに意味を当てはめます。
工場のラインに居る作業員を思い浮かべて下さい。
別に職業蔑視をするつもりは毛頭ありません。分かり易く説明するために例えとして出しています。
工場の作業員は「与えられた部品」を、製品に組み付けるのが仕事です。
では・・
工場の作業員は「アインシュタインの相対性理論を発見できたでしょうか?」「エジソンの電球を発明できたでしょうか?」
毎日、毎日、同じ事の繰り返しですから、人間の脳は思考を停止してしまいます。

これは「意味を覚えている」タロット占い師と同じです。タロット占い
ドローされたカードに「意味を当てはめる」だけの作業で叱りません。
そこには創造性も具体性も、現実性も無いでしょう。

「意味を覚える」=「本物のタロッティストでは無い」
他人の人生を幸せに導く最重要の役割があるのに関わらず、「単に意味を当てはめている」に過ぎません。
これでお金を貰うなど、甚だ片腹痛いです。

これからタロットを学ぶ方・中級者・プロの方でも、今からでも遅くはありません。
意味を覚え、ドローカードに意味を当てはめるのだけはしてはいけません。

■タロットは決して意味を覚えてはいけない■

タロットは消して「意味」を覚えてはいけません。その根拠は、タロットには元々「意味」が存在しないからです。中世の欧州では、フランスの港街「ママルセイユルセイユ」で多くのタロットカードが印刷されていました。当時は「印刷工房」です。今でも残っている印刷工房には「グリモー」「カモワン」がありますね。彼らはなぜ、タロットカードを印刷しまくったのか?

それは「売れる」からです。マルセイユ版タロットは、大衆・貴族・商人達の「遊びのカード」だったからです。トランプのように遊んだり、賭け事もしていた記録が残っています。当時のヨーロッパでは、公衆の遊び場がありませんでした。1400年〜1600年の頃です。芝居らしきものはありましたが、お粗末な中身で人気は無かったようです(シェイクスピアはまだ生まれていません)。書籍は非常に高価で、お金持ちしか買えませんでした。そこで登場したのが、マルセイユ版タロットです。後に実際にトランプに変化していきます。スペードは「ソード」。ハートは「カップ」。クラブは「ワンド」。ダイヤは「ペンタクル」です。ペイジは無くなり、ジャックが「ナイト」。クイーンはそのままクイーン。キングもそのままです。トランプ

さてトランプの中で、唯一、大アルカナが混じっていますが、何かわかりますか?答えは「愚者」です。「愚者(Fool)」は、数字が「0」ですね。つまり、タロット上のどこでも行くことができます。この考え方を愚者の旅(Fool's Journey)と云います。しかし当時、ジプシーはマルセイユ版タロットを使って占いをしていたことも事実です。ただジプシー達はインスピレーション(すなわち直感)で占っていたわけで、論理的な思考でタロット占いをしていたわけではありません。でもジプシー達のおかげで、ヨーロッパ中にタロットが広まりました。その貢献度は高いでしょう。
ただAMAZONなど新刊のタロット教本を買って読んでみても、現実は「意味を覚えろ」という学習法に変化はありません。

実は商業出版の「タロット教本」が「意味を覚えろ」という学習法を伝えるのは致し方無いことです。
出版業界は、個人出版(自費出版)は別として、出版社が印刷・製本のコストのリスクを追います。
中にはそのリスクを、著者と折半するケースもあります。

タロットの教科書つまり「商業出版」では「売れなければならない」という使命があるわけですね。
書店に本が並べられる場合、大手の書店に関しては「委託展示」されます。
これは、ある一定の期間は書展に無料で並べられることです。
そして販売された場合に、書店から収益を貰うという出版業界独自の決まり事のようなものです。

タロット教本の読者数は、ミステリー小説などと比較して格段に少ないのが現実です。
そのため印刷製本数も2000から多くて5000冊程度しか刷りません。
しかも現実は、タロット教本の新刊が、印刷製本数全て購入され、第二版を印刷するのは皆無なのですね。
よほどの有名人でなければ、占い教本は売れ残ります。

商業出版は「売れなければ損をする」わけですから、著者が何を考えていようが編集者側が、一般大衆受けがするような著作を要求します。
その一番簡単な手段は「意味を覚えろ」と書くことです。
愚者からペンタクルキングまで意味が、ずらーっと羅列しているわけです。

こういった出版業界の意向により、タロットを学ぼうと志す者は諦めてしまいがちです。
パメラ・コールマン・スミス「こんなに膨大な量を覚えなければいけないのか!私には無理だ!」という諦めですね。

しかしタロットを本当に学びたいならば、「意味を覚えてはいけません」
これも何度も語ってきましたが、マルセイユ版タロットは元来、遊戯用カードですから、「意味というもの」が存在しません。
1910年に黄金の夜明け団幹部のアーサー・E・ウェイトが、カバラ思想を盛り込んで新たなタロットを産み出してから、「意味というもの」が生まれてきました。絵を描いたのは、当時、有名な画家のパメラ・コールマン・スミスです。よって「ウェイト・スミス版」と呼称されたのです。
これはエリファス・レヴィなどのオカルティスト達・カバリスト達が、カバラの研究の際に「タロットカード個々の意味というもの」を編み出していった経緯がるからです。
そして未だに、先人の編み出した「意味というもの」を言葉を変えて、印刷しているのがタロット教本です。エリファス・レヴィ

また前述した通り、タロッティストの存在意義は、相談者を幸せに導くことに有ります。
相談者の立場になって考えて観ましょう。
客観的な視野で、どんなにくだらない相談と思えても相談者に取っては、非常に重大な相談であるわけです。
そのような相談者を救うのがタロットを志す者の役割です。

例えるならば・・・
工場のラインで働くパートさんを思いだしてみて下さい。
※職業蔑視などのような考えは一切ございません。単に分かり易いための例えとして聴いて下さい。
ラインには商品がオートメーションで流れてきます。
パートさん達はそれぞれ、部品を組み付けていき、商品は完成します。
この「部品」にあたるのが「意味という概念」です。
工場のラインで働く方が、アインシュタインの相対性理論を発見できるでしょうか?エジソンの電球を発明できるでしょうか?
あくまでも一般論です。

相談者の人生を幸せに導く役割があるタロッティストが、部品である「意味と云われる概念・言葉」を当てはめて、はたして、相談者の人生を幸せに導けるのでしょうか?

タロットの学習に於いて「意味」を「覚える」ことは今すぐ辞めて下さい。
タロットにはカバラ思想が、ウェイト・スミス版には盛り込まれています。キリスト教・ユダヤ教・イスラム教・仏教・道教・儒教・日本神道などの宗教的概念が、多かれ透くな少なかれ必ず盛り込まれています。

■タロットの意味は誰が考えたのか?■

1910年のことです。アーサー・E・ウェイト黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)という名の秘密結社がありました。底の幹部がアーサー・エドワード・ウェイトです。彼がマルセイユ版タロットにカバラの思想を盛り込んで、パメラ・コールマン・スミスに全く新しいタロットカードを制作しました。これが「ウェイト・スミス版タロット」です。カバラ(カバラー)とは「ユダヤ教神秘主義思想」と翻訳されています。

”ユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想である。独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教における密教との類似性を指摘されることがある。しかし、これはもっぱら積極的な教義開示を行わないという類似性であって、教義や起源等の類似性のことではない。 カバラーはヘブライ語の動詞キッベール「受け入れる」「伝承する」の名詞形で、「受け入れ」「伝承」を意味する。カバラーが登場する以前のゲオーニーム時代には、単に口伝律法を指パメラ・コールマン・スミスす言葉として用いられた。したがって、その後ユダヤ教神秘主義を指す呼称となった際にも、個人が独自に体得した神秘思想というよりは、神から伝授された知恵、あるいは師が弟子に伝承した神秘という意味で用いられることになる。 カバラーはユダヤ教の伝統に忠実な側面を持とうとしたという点において、他の宗教の神秘主義とは異なる。本来のカバラーは、ユダヤ教の律法を遵守すること、あるいは神から律法の真意を学ぶことを目的とした。したがって、正統的なユダヤ教との親和性を持っていた時期もあった。”Wikpedia

簡単に言えば、人間が人生を如何に幸せに生きるか?を啓示した思想体系と云えます。またカバラとタロットは密接に関係している証として、セフィロトの樹自体が、全てタロットの個々のカードと相関関係にあります。セフィロトの樹は、神秘思想のカバラにおいてさまざまな解釈がなされ、近代以降の西洋魔術、特に黄金の夜明け団などでは生命の樹をタロットカードと結びつけての研究が行われていたことでも有名であることは定説になっています。10個のセフィラと22個の小径(パス)を体系化した図も同じく「生命の樹」と呼ばれる。現代ではセフィロトの樹は「生命の樹」と同じと解釈されます(カバラ由来の樹はセフィロトの樹が正しく生命の樹と混同すべきではない等)。

キリスト教では、生命の樹(せいめいのき、英語:Tree of Life)は、旧約聖書の創世記(2章9節以降セフィロトの樹)にエデンの園の中央に植えられた木のことです。命の木とも訳されますね。生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得るとされています。ヤハウェ・エロヒム(キリスト教で云う絶対的な創造主のことです)がアダムとエヴァをエデンの園から追放した理由は、知恵の樹の実を食べた人間が、生命の樹の実までも食べて永遠の生命を得、唯一絶対の神である自身の地位が脅かされる(ユダヤ伝承では知恵の樹の実と生命の樹の実をともに食べると、神に等しき存在になるとされているので)事を恐れたためでだ共云われています。

そして多くのオカルティスト・カバリストが、セフィロトの樹とタロットの相関関係を研究します。レヴィーやクローリーらが有名です。
彼らが、この研究によってタロットに「意味という概念」を創ったのです。
そして未だに、彼らが創った「意味というもの」を、現代も真似しているだけなのです。商業出版業界では、出版しては廃版を繰り返していますが、これは書籍業界の暗黙の了解なのですが、一般に書籍は委託販売されます。ただし大手書店だけです。委託販売とは、初回の新刊書籍は無料で配布します。売れたならば、その代金を書店が支払うということです。売れ行きがいいならば、定番で置くことになります。実はタロット学習で最大の誤算は、この商業出版にあります。

民様は多くのタロット教本を書店で見たことがるでしょう。買った人もいるはずです。商業出版の場合は、「売れなくては返品」となるわけですから、当然、売れる内容にしなければなりません。そこで一番簡単なのは「意味を覚タロットデッキえろ!」という学習法です。とにかく広い対象者に売れるには、「まず意味を覚えろ!」という内容のほうが受け入れやすいわけです。まして私の編み出した「連想法タロットリーディング」は、はっきり言えば書籍には向きません。連想は個々人によって異なるからです。結果的には違う連想をしても同じようなリーディングにはなるのですが。(連想法タロットリーディングは知的財産として商標登録を取得しています)また逆位置という考え方も、書籍が原因です。欧米では90%のタロット占い師は正位置しか採用していません。しかし日本は、相談者(顧客)が、書籍を読んで、逆位置があるものだ・・・と思い込んでしまったわけです。そのため、占い師側も逆位置を採用せざるを得ません。

そして商業出版化された「タロット教本」の「意味というもの」は、未だに過去のオカルティスト達・カバリスト達の真似をしているだけです。酷い書籍では、翻訳自体が間違っているものもあります。考えてみれば当然ですね。翻訳者はタロットを全く知らないのですから。

纏めます。タロットに「意味は元々、存在しなかった」且つ、「ウェイト・スミス版」からオカルティスト達が「意味というもの」を研究して考えた。それを必死で覚えている。
というのが今のタロット学習です。

■タロットはどのように学習するのか?■

タロットの効果的な学習法を挙げてみましょう。

1.タロットは連想法で読む

大脳タロットは「連想法」で読むのが最も自然で、的中率も高いと言えます。
まず大脳生理学の見地から、イメージ(映像・絵・音楽などの感覚で認識する総体的な事柄)は右脳が司っています。
逆に言語(話言葉・文章・数学的・物理学的・論理学的である総体な事柄)は左脳が司っていますね。
人間は自我(自分自身と考えても結構です)を認識するために、五感を使って、自分以外の他者・物体を認識して、その比較によって自分という存在を知ります。
実際に、完全に暗闇で音も無く、臭いもしない空間に放置されると、人間は数時間で狂気に至ります。
視覚これを応用した拷問も実際に存在します。

その認識のプロセスの中では、大脳はどのような働きをするのでしょう。
例えとして視覚認識について説明します。
なぜなら視覚は、人間の感覚の中で最も多く使用されます。平均的に80%は視覚を頼って認識しているわけです。


仮に散歩連れのペットのダックスフンドを、歩いている道すがらに「見た」としましょう。
見た瞬間に、まず右脳にイメージが映し出されます。個々人の持つ「犬」という概念のイメージです。
そして、それを誰かに表現する時や自分の中で「可愛い」「怖い」「美しい」「醜い」など個々人の感情が出てきます。
ミニチュアダックスフンドこの感情は、個々人の経験が主なる原因となりますが、TV・インターネットなどのメディア・書籍などの書物などの外部情報も感情表出原因となります。
例えば、5歳の幼児の頃に犬に噛まれた経験があり、その経験が強烈なものなら「怖い」という感情が出るでしょう。
故に個々人によって同じものを見ても、感じ方は異なります。

次にこの「散歩している犬」を日記など文章に書いたり、第三者に話すときは、「犬」というイメージを元に、左脳が言語化するわけです。
すなわち、人間はまず認識が先であり、その認識した物体・人物・空間・芸術・・・等様々な外的刺激を言語化していくという順序になっている、ということです。
よって自分以外の何かを五感で感じた時に、自動的に言語化するように大脳は訓練されていきます。
赤ん坊時代(生まれたばかり)では、それはできません。
言語能力がゼロだからです。
この「認識」→「言語化」という大脳の作用が、すなわち連想と大きな相関関係がある、ということが第一の連想法でタロットを読む根拠です。

青今度はまったく逆のケースを述べましょう。
あなたは、机に置いてある紙を見たとします。その紙に「青」と文字が書かれています。
この場合、まず左脳が「青」とい文字、極端に言えば記号ですね・・・を視覚で認識します。
同時に右脳で個々の「青」のイメージが浮かぶわけです。
仮に「青」という文字を見て、赤色をイメージしたならば、色彩の経験が全く無いか、もしくは大脳の機能が一部故障している、ということになります。
実際に「色盲」の方は、赤を見ても違う色に見えてしまう、という現象が起こります。
生まれつき盲目の方が、何かしらの医療技術で見えるようになった場合も、始めて「青」を見れば驚くことでしょう。
青そのとき、第三者や書籍・メディア等から知識を与えられるケースが多いはずです。
「青」という文字(記号)は、「青色」である。逆に「青色」という色彩は「青」という文字(記号)で表現するということを学ぶわけですね。
学んだ後は、記憶の引き出しに入りますので、以後、「青」という文字を見た瞬間に「青色」をイメージするようになります。
この現象は自然(無意識)に起こり、あなたは常に「連想」に近い作業を毎日常に行っている、ということです。
ということは、タロットの絵を観て、それを個々のイメージで認識して言語化することは、人間ならば誰にでも可能であるという根拠となります。
且つ、その一連の作業(認識→イメージ化→言語化)は、人間という動物ならば至って自然現象だということになります。
つまり、タロットを連想法で読むことが、人間としては自然なのです。逆に意味に当てはめることのほうが、不自然と言えます。
これが第二の根拠です。

三番目の根拠を述べましょう。
現在の心理学の基礎を築いた人物は二人居ます。
ユングフロイトとユングですね。
ここではユングの心理学的考察を検証します。
ユング心理学の中で、「元型」という言葉があります。「元型」は「集団的無意識」とも云われていますね。
この「元型」とは、人類が持っている共通のイメージのことです。
例えば・・・骸骨(髑髏)を見たとしましょう。
現在は60億人以上の人間が地球に生きていますが、骸骨(髑髏)を見た場合のイメージまたは感情はおおよそ以下の様になります。
「死」「乾く」「未来が無い」「希望が無い」「恐ろしい」「不安」「気持ち悪い」「気味が悪い」「天国もしくは地獄」「仕方が無い(誰でも死はある)」「過去(死体を見た場合では無く骸骨を見ているのですから、当然、過去の出来事です)」「発掘・遺跡」・・・・等のような具合ですね。
これは世界中の人間が誰もが共通して持っている概念です。
骸骨逆に「生命(生きている)」「潤った肌」「未来は有望」・・・等のようなイメージ・感情は、一般的に起こらないはずです。
逆にこのようなイメージ・感情を持つ人間ならば、かなり歪んだ環境・経験を持っているということになります。
病的殺人鬼などの犯罪者がその例ですね。彼らの大脳では、「死」は興奮であり、「喜び」「快感」「美しい」と認識します。
だから殺人を辞められないわけですね。

この「元型」という概念から、タロットの絵のモチーフ・部分・箇所を見た場合に、一般的な人間は共通な方向性のある(傾向のある)イメージをします。
これが連想法タロットリーディングの根拠となります。

最後に四番目の根拠を述べましょう。
この世では多くの学問が存在します。
聖母マリアその中で「図像学」(アトリビュート)という考え方があります。
この例として、「白百合」=「聖母マリア」→「女性」という図像学的解釈があります。
この「図像学」とは、人類の歴史の中で長年に培われてきた「元型」とも解釈できます。
「図像学」は主に宗教的な意味合い、神話的意味合いが元になっています。同時に長年の人類の歴史で繰り返し同じイメージがされたケースでもあります。
「白百合」=「聖母マリア」は、明らかにキリスト教的な解釈でしょう。
実際に中世の絵画には、大天使ガブリエルがマリアに処女受胎告知する絵が多くありますが、白百合が描かれているケースが非常に多いことからも推測できます。
また「犬」は、太古の原始時代から人間と共に生きてきた動物です。
「犬」は忠実で、危険を素早く察知してくれます。また飼い主に非常に依存します(甘えるということです)。
この原始時代からの長い人類の歴史の中で、ごく自然に「犬」=「忠実」という図像学的解釈が生まれてきたわけですね。

例えば・・・「赤色」をイメージしてください。
世界中の国家で「赤」は信号機に使われています。しかも皆、同じように「止まれ」という合図です。
これは「赤」=「危険」という概念を太古の原始時代から持っていた証とも言えます。
赤なぜなら人間の血液は「赤」だからです。
人間は体内に、約2から4リットルの血液しかありません。水は体内に65%あるのですが。
そして血液が半分以上失われると、大脳に廻る血液濃度が低くなり、脳に酸素を送ることができなくなります。故に死に至るわけです。
同時に血液が流れたケースでは、一般的に「痛い」という「痛感」があります。
このことから、人間は至って当たり前のように「赤」=「危険」という概念を持ったわけです。

以上の事例から図像学的な視点で、タロットを観ても、イメージ→言語化は可能であるということになります。
これが四番目の根拠ですね。

結論として「連想法」でタロットをリーディングすることは、誰にでも可能であり、同時に自然な読み方であるということが明確です。

2.体系的にタロットを学ぶ事が大事

学問・スポーツ・習い事全般に言えることですが、タロット学習も体系的に適切なカリキュラムで学ぶ事が重要です。
タロットの概要から「大アルカナ」の連想法による読み方、「小アルカナ数札」の連想法による読み方、「コートカードの連想法による読み方」「3Cards Splead」「ポジション定義の作り方」「リヴィジョン」「物語化」・・・と順序立てて学習することです。

それぞれの詳細な内容は、この「タロット動画講座」で40時間以上に渡り詳細に且つ分かり易く解説しています。過去、リアル個人指導講座で300名以上を教えた経験も活かしております。また過去、10冊のタロット教材を、合計1000冊以上販売しており、そのノウハウも活用しております。具体的な事例をふんだんに盛り込み、誰もがすぐにイメージできるような中身となっております。

是非、「タロット動画講座」で、本当の、本物のタロットを学んで下されば幸いです。

3.語彙・知識を豊富にする日々の勉強

タロット学習では、単にタロットリーディングのテクニックさえ学べば、それで構わない、という考え方は捨てるべきです。タロット鑑定は「ことば」が全てです。そのため、どの「ことば」を使うかで、相談者(お客様)の印象が変わってきます。またわかりやすさも「ことば」の選び方によって変わるわけです。ボキャブラリー(語彙)は多いに越したことはありません。

例えば「愛する」という単語がありますね。
「愛する」「愛している」・・・とよく恋人たちはつぶやき合います。
しかし、この「愛する」を類語辞典で調べてみましょう。

類語辞典ネット愛慕 ・ 恋慕う ・ 恋慕 ・ 恋いしたう ・ いとおしがる ・ 愛おしむ ・ 愛寵 ・ ほれ込む ・ 恋愛 ・ 愛しがる ・ 恋い慕う ・ 愛す ・ 思う ・ いとおしむ ・ 想う ・ 慕う ・ 恋する ・ 好く ・ 傾慕 ・ 愛しむ ・ 恋着 喜びを得る エンジョイ ・ 好む ・ 嗜む ・ 愛好 ・ 楽しむ ・ 好く 何かするのを好むか、またはしたいと願う 欲しがる ・ 希望 ・ 願望 ・ 欲する ・ 好き好む ・ 念ずる ・ 好む ・ 愛す ・ 求める ・ 欲求 ・ 願う ・ 念願 ・ 志望 ・ 望む ・ 好く ・ 念じる ・ 所望 の好きな 好き好む ・ 好む ・ 愛す ・ 御気に召す ・ 好く・ 恋人や家族に対して、大切に思っている気持ちを伝える際の表現 最愛の ・ 愛する ・ 愛しの ・ マイディアー ・ 親愛なる ・ 敬愛なる ・ 愛する ・ 愛しい ・ 我が敬愛する ・ わが敬愛するある物や異性に心を惹かれるさま・惚れる ・ 心酔する ・ 心を奪われる ・ 恋をする ・ 愛する ・ 好く ものに強い愛情を感じること のぼせ上がる ・ 入れあげる ・ 類語辞典首ったけになる ・ 首っ丈になる ・ ゾッコンになる ・ 愛着をもつ ・ 愛着が湧く ・ 溺愛する ・ 愛を注ぐ ・ 頬ずりする ・ 愛情を示す ・ 愛する ・ 慈しむ ・ 猫可愛がりする ・ 惚れこむ ・ メロメロになる ・ べた惚れになる ・ 盲愛する ・ 掌中の珠とする ・ 熱愛する ・ こよなく愛する ・ とても可愛がる ・ 愛情を注ぐ ・ 大切にする ・ 可愛がる ・ 愛惜する 異性に恋の感情を抱く 恋する ・ 好く ・ 思慕する ・ 慕う ・ 恋慕の情を抱く ・ 慕情を抱く ・ 恋い慕う ・ 思いを寄せる ・ 恋情を抱く ・ 想う ・ 好意を寄せる ・ 愛する ・ 恋々とする ・ 惹かれる ・ 慕う ・ 思慕の念を抱く ・ フォーリンラブ ・相手に親愛の情や慈しみをもっている様子・愛しい ・ 愛おしい ・ 愛する ・ 親愛なる・・・

とインターネット上の類語辞典でもこのぐらいは出てきます。
書籍の類語辞典なら、この倍は出てくるでしょう。このように「語彙」が豊富であれば、それだけ他のタロット占い師よりも有利になります。http://thesaurus.weblio.jp/

知識も豊かなほうがタロット占いでは有利です。私は「臨床心理士」ですので、セラピストとして相談者に助言することもできます。また単に資格だけでは無く、「宗教」「神話」「歴史学」「生態学」「大脳生理学」「心理学」「文学」等の知識があれば、より相談者(お客様)への適切な「例え」を語ることができるでしょう。

文学「文学」はどの国のものでも構いませんが、日本文学がお奨めです。このサイトをご覧になっている貴方がフランス語がネイティブならば、フローベルでもスタンダールでも構いません。文学は原語で読むことです。日本語に翻訳されると、翻訳家の目を通して訳されます。それでは、本来の作家の「ことば」を読んでいるわけでは無くなります。よって日本文学がお奨め、と云っているのです。

なぜ「文学」を読むのか?それは、貴方の人生は「貴方だけのもの」で他者のものではありません。逆に言えば他者の人生は、貴方は知りようがありません。しかし「文学」は、他者の人生を疑似体験させてくれます。人生を疑似体験でもされたほうが、より的確なアドバイスができるでしょう。

『米国アカデミー賞作品賞』『カンヌ映画祭作品賞』の映画を観ても構いません。やはり他者の人生を疑似体験できます。

4.タロットリーディングでは如何に「ことば」を表現するか?が決め手

話タロット占いは、前述した通り「ことば」を売る商売です。さらに云えば、「話し言葉」を売る商売となります。文章で書くケースは「メール鑑定」だけですが、メール鑑定は全体の5%〜10%程度しかありません。ほとんどが電話鑑定となります。20%程度は対面鑑定です。どちらにしても「話して相手に伝える」事に変わりはありません。

前述では「語彙」が豊富なほうが有利である、という話でした。

今回は、その「語彙」を如何に選び、如何に表現するか?というテーマです。

例えば・・・以下の様なシチュエーションを想像してください。
「貴方は久しぶりに友人とバーに飲みに出かけました。その友人は、特に親友でもなければ、会社の同僚というわけでもありません。謂わば「知り合い」程度の友人です。年賀状ぐらいは出しているでしょう。その友人と会話している最中に、友人が貴方に「お前って馬鹿だな!」と云われたならば、貴方はどんな気持ちになるでしょうか?
当然、頭にきますよね。腹が立ちます。
でもその友人が「貴方は少しだけど経験が足りないかもしれないな!」と云われたら、貴方はどのような気持ちでしょうか?
誤解殴りたいほど頭にきて、腹が立ちますか?

実は友人は同じ事を言っています。それをストレートで表現したか、オブラートに包んで表現したかの違いです。話し言葉は訂正が効きません。文章と違い推敲ができないからです。「馬鹿」と云っておきながら、「いや、誤解だよ。そんなつもりで話したんじゃ無いんだ。」と云っても、「馬鹿」という言葉は消えません。

同じようなことがタロット鑑定でも云えます。

「貴方は復縁はできません」と云っても構いませんよ。しかし、相談者の立場で考えて観て下さい。「なぜそこまで断言できるんだ!?」「復縁をしたいから占いに来たのに。」と思うはずです。
「貴方の復縁はかなり厳しいですが、絶対に不可能ということはありません。」と云えば・・・何も問題はありません。なぜならこの世に「絶対的」なものは何一つ無いからです。

またタロット占い師の「ことば」の使い方で、「・・・・と思います。」と云う方がいらしゃいます。「思います」なら誰にでも云えることです。別にタロット占い師でなくても「・・・と思いますよ。」と知人や友人が言っているでしょう。この「・・・と思います。」は一見すると柔らかな表現のように聞こえますが、鑑定師であるならば、「自信が無い」「ちゃんとタロットを読めているのか」と相談者は感じる傾向が非常に強いのです。

「ことば」の表現方法も、映画や文学などで学べます。
是非、適切な表現方法をしてください。